紀州さくら屋の“手づくり醤油”プロフィール

七百五十年の伝統 ・ 手づくり醤油
湯 浅 た ま り 由 来

角長1 角長2

醤油のふるさと〜湯浅〜
日本の心、日本の味。

 現在の日本の醤油の源泉は、鎌倉時代(十三世紀の中頃)紀州の禅寺『興国寺』の開祖「法燈円明国師」が、当時は南宋と呼ばれていた中国から伝えた嘗(なめ)味噌(経山寺味噌、現在は金山寺味噌と呼ばれている)がその母体とされている。
 嘗味噌の中に、瓜・茄子などの野菜から塩の浸透圧によって水分が出てくる。この水は当時の野菜の生産が六月から八月であったため、カビの発生や腐敗の元にもなり、捨てるだけであったのだが、・・・昔ある時、その汁を利用してみると、これがなかなか美味しい。そこで初めからその汁を利用するつもりで造れば「新しい醤(びしお)」つまり調味料が誕生するというように考えたのが今様醤油の始まり・・・なのではないか。
 汁の採取法一つとっても、古き人々の知恵が偲ばれる。網目の細かい竹籠をもろみ味噌の中に入れ、籠の中に溜った汁を汲み上げたのが『湯浅の溜り』であり、湯浅の水の良品質の醤汁を醸すのに適したことが、次第に販路を拡めて行く、醤のルーツになった所以です。


◆紀州候の保護を得て、醤油船の休息する場所になっていた。現在は狭くなっているが、昔は醤油堀と呼ばれた場所。
醤油堀

天保時代そのままの蔵
 一五〇年の歴史を秘めた、天保十二年からの蔵。蔵が古ければ良い、というわけでもないのですが・・・この蔵の屋根の一部が傷んで、その部分の梁から全て改修したことがあります。そうしたところ、その下の桶だけがうまく発酵しなかったということがありました。そこで、残りの部分の修理をする時には、昔からの天井を残してその上の部分だけを新しくするようにしたところ、以前と全く変わらない発酵の仕方をしました。蔵の天井にはもちろん、壁や床に、おいしい醤油のために必要な酵母「蔵つき酵母」が住み着いている、ということで、この蔵の古さには意味があるのです。

◆「早く、大量に」という近代的な醸造法とは違っていますが、伝統的な醸造の素晴らしさは、その醤油を味わっていただければ、わかるはずです。
仕込桶1 仕込桶2 仕込桶3
◆仕込桶:当地は吉野杉に恵まれて、木の桶が今も使用されている。一本の容量は三〇石(5.5kl)

天保十二年創業 (株)角長
(上記内容:パンフレットより抜粋)


ホームへ戻る